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<ノベル>
続歌沙音は、ほとんど呆然とした様子で、立つ。
「……続さん?」
真船恭一が、手元の書類から顔をあげて、首を傾げた。
市役所から依頼を受け、かれらは街に散ったフィルム捜索隊の一員だ。真船の手の中にあるのは、まだフィルムの所在が掴めていないムービースターのリスト。
「いや――。なんでもない。ただ……こんなに――静かだったのか、と思って」
「え?」
昼下がりの住宅街は、3年ぶりに取り戻した穏やかな空気に、まどろんでいるようだった。耳を澄ませても、どこからも、怪獣の咆哮も、ギャングたちの銃撃戦の音も、魔法が爆発する音も聞こえてこなかった。
「魔法がかかる前から、ここに住んでいたのに」
歌沙音は呟く。自分たちはあの騒々しさに、すっかり慣れてしまっていた。
「……」
真船は静かに、彼女を促す。
見つかっていないフィルムはたくさんある。本人の遺志で見つかりたくないというものはともかく、そうでないかれらのフィルムを野晒しにはしておきたくなかった。
「どうですか?」
声を掛けてきたのは葛西皐月だ。
彼女もフィルムを探していた。高台のほうへ行ってきたところだという。
「最期に、景色のいい場所にいたいと思った人がいたんじゃないかって」
そういって、一巻のフィルムを見せる。
「私はこれから映画館に行ってみます。映画館は……ある意味、はじまりの場所だから」
同じ頃。
ヴェロニカの姿は杵間山の奥にある。
やっと見つけたフィルムを拾い上げる。ラベルを確認して、唇の端を吊り上げた。
「これはアタシが演じたやつだな。……こんな山奥――誰にも知られずに消えたかったってワケだ」
平和記念公園にも幾人もの捜索隊の姿がある。
日下部理晨もその一人だ。
ベンチに腰掛ける彼のとなりに、イェータ・グラディウスが掛けた。
そっと横目で、表情をうかがう。
予想に反して――いや、そうでもないか、と今なら思える――理晨の横顔は穏やかだった。
「なんでだろう」
ぽつり、と呟く。
「寂しさも、悲しさもあるのに……感謝の言葉しかわいてこない」
あまりに直截な物言いに、イェータが笑った。ちょっと拍子抜けしたような、悟り切ったような表情だ。
「この時間があったから、俺は前を向いて歩いていける。……だったら『ありがとう』以外に言葉なんてないだろ?」
「俺も不思議に思ってることがあってな」
イェータは言った。
「なんでか……また会える気がするんだよな」
こうしている間にも、かれらが声を掛けてきそうな気がする。
この街かどのどこかで、いつかまた、ばったりと会いそうな。
メールの着信音で、新倉アオイは我に返る。
窓際の席になんとなく腰かけて、窓の外をぼんやり眺めていたのだ。
休日の綺羅星学園は、教室もグラウンドもがらんとしていたが、アオイは、そこに名残のまぼろしを見るように、歩きまわっていた。
教室を、クラブ部室を、渡り廊下を……。
かつて、映画の中の登場人物たちがやってきて、時に机を並べている光景は、とても不思議なものだった。
でもいつか、それが生徒たちにも、教師たちにも日常になってしまっていたのだと気づく。
「浅間先輩?」
メールの差出人を見て目をしばたく。
★ ★ ★
「まったくフィルムになってまで世話が焼けるんだから」
浅間縁は、メールを送り終えて、そうこぼした。
「とりあえず知り合いにはメール出したから目撃情報あれば集まると思う。でも今まで見つかってないんだったら……人気のないところだよね?」
「ひそかに憧れる同僚の女性!」
鹿瀬蔵人が名探偵よろしく指摘する。
「ズバリ、あなたですよ、七瀬さん。自宅の窓の下とか……見てみました?」
「ええっ!? そ、それはないんじゃないかな……」
七瀬はまさかと首を振る。
銀幕ジャーナル編集部を訪れた捜索隊員は、マイティハンクのフィルムも見つかっていないことを知る。
「まあ、でも、七瀬さん宛のメッセージとか残っているかもしれませんよ」
「そうね……」
蔵人に促されて、自分のデスクまわりを探し始める七瀬。
――と、縁の携帯が鳴りだす。
「もしもし。長谷川くん? ……え、海を探してみるって――どういうこと?」
その日の午後である。
散歩がてら、ついでにフィルムを探しながら海辺を歩いていた槌谷悟朗は、磯の岩の間から、ちいさな瓶を見つけ出していた。
「なんだ、これ?」
封印された瓶の中には、ガラスのおはじきと、ジュースの瓶の王冠と、あきらかに玩具とわかる指輪のようなものが入っているようだった。
首を傾げながら――その意味を、ジャーナルを読んで彼が知るのはもっとあとのことだ――、しかしなぜか捨て置く気にならず、片手に瓶を持って歩いていると、ヨットハーバーまで着いた。
「さァ、出すよ」
ヴェロニカがクルーザーを沖へ出そうとしているところだった。
「はい。ちょうどよかった。助かったッス」
長谷川コジローが、デッキで準備運動に余念がない。
「でもあんた……なんでそのフィルムが海にあると思うのさ」
「最後に、空を飛んでたんじゃないかって」
「ああ……でも、海の上とは限らないんじゃ?」
「街の上だと、落ちたフィルムが誰かにあたるかもしれないでしょ。そういう優しさのある人だったと思うんスよね。俺の……カンだけど」
コジローを知っているものなら、それも例の“蝶々サマ”のお告げか?と訊いたことだろう。だが、彼はそれには、ただ首を横に振ったはずだ。なぜかさびしげな、静かな微笑みをたたえて。
そんなもんかね、とヴェロニカは言って、クルーザーを発進させた。
傍らには例のフィルム。
フィルムを見つけて引き上げようとするコジローとは逆に、彼女は、それを海に沈めてやるつもりなのだ。
★ ★ ★
「いやあ、助かりました。おかげだだいぶはかどりました」
「いえ。このくらいしか、お礼できないですから」
引越しの荷物の梱包を手伝ってくれた礼を述べるS石に、小日向悟は笑顔で返した。
「……俺、本当に感謝しているんです。研究所があったから、自分たちみたいな非戦闘員も、戦いで役立てる力を持てた。ゴールデングローブが、どれほどのスターのキラー化を防げたか。本当に、とても……」
言いながら、視線を、東博士のほうに向けた。
しかし研究所のぬしは、自分のデスクに座り込んだまま、サンプルのプレミアフイルムをさっきからいじっているばかりで、ずっと無言だった。
彼がどいてくれないので、その机の周辺だけが片付いていなかった。
「博士。いつかまた、この街で――」
再会できますか、という悟の言葉は、東博士の奇声にかき消された。
「待て! こいつはなんだ! そうだ、ずっとひっかかっておったのだ。映画のフィルムにこんなノイズはないぞ!?」
立ち上がった拍子にん椅子がひっくりかえった。
「博士……?」
「裏だ、裏だ! 見ろ、フィルムを裏から見たときだけ浮かび上がるこのパターンを!!」
「何言ってるんですか、博士。フィルムはリバーサルで裏から見たって!」
「吾輩のカンが告げておる! これはなにかあるぞ、解析の準備をしろ!!」
「え」
装置は全部梱包してしまったあとだったので、S石研究員は絶望的な表情になった。
だが、このことが、東博士の新たな発見につながったのだ――。
★ ★ ★
何時間も潜水を繰り返したすえに、コジローはついに一巻のフィルムを発見した。
その一方ヴェロニカはそのフィルムを水葬にし――
歌沙音や真船、皐月たちが見つけてきたフィルムが市役所に集められる。
夢をありがとう、と皐月が残した言葉が、しんみりと、人々の胸にしみた。
そして日々は過ぎ――
銀幕市は、あたりまえの日常が続いている。
縁やアオイ、コジローや皐月たちは毎日、普通に登校しているし、真船は教壇に立つ。
ヴェロニカ、イェータ、理晨たちにもそれまでと変わらぬ毎日がやってくる。
歌沙音ももとのバイトを続けているし、槌谷悟郎の店も繁盛していた。
悟は、結局、まだ残ることになった研究所に、ときどき顔を見せてやっている様子である。
河内荘はひっそりと取り壊され、今は更地になっている。
鹿瀬蔵人は、夢枕にマイティハンクが立ったと主張して、編集部で働き始めた。そのスーツの大きな背中を見るたびに、七瀬はどきりとしていたが、やがて慣れてきた。
あの日――
七瀬の机の引き出しから見つかったメモを、彼女は大事にとってある。
『映画の中ではヒーローだったけど、
ここではいっぱい迷惑かけてしまったね。
それでもどうか……
ピンチの時にはまた呼んで欲しい。
空を見上げて、また――』
<上映終了>
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クリエイターコメント | これにて、リッキー2号の『銀幕★輪舞曲』での活動はすべて終了です。本当にありがとうございました! |
公開日時 | 2009-07-06(月) 18:00 |
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